はじめに
「言葉が出ない」「他の子と違う気がする」はじめてその不安を感じたのは、長男が1歳を過ぎたころでした。※書き出しが王道すぎる
現在5歳、発達グレーといわれる息子は、週1回の療育に通っています。お話はまだまだ苦手ですが、今では自分から“今日の予定は?”と聞けるようになったり、「この子、自分以外の人間が存在してるの分かってる?」状態だったのが、「○○くんは走るの速いんだよ」と他人を認識するまでに成長しました。
振り返ってみると、ここまでの5年間は試行錯誤の連続。そして現在も成長を喜んだり、他のお子さんと比べては落ち込んだり、色々な感情と向き合いながら育児する日々を送っています。
そんな息子の0歳〜5歳までの歩みをまとめてみようと思います。
0歳~1歳 順調だと信じてやまない幸せな期間
• 寝返り3ヶ月/お座り7ヶ月/つかまり立ち8ヶ月/歩き始め1歳0ヶ月。このころは運動面の発達は問題なく「順調!」と安心していた
• 言葉は出ない
• 目の合いにくさはあったものの、名前を呼ぶと振り返るので、さほど心配はしていなかった
• 自分からコミュニケーションを取ろうとはしない感じ。ひとりで遊ぶのが好き
• 1歳半検診では「様子を見ましょう」と言われる(コロナ禍ということもあり、かかりつけのクリニックでサラッと終了)
• 名前を呼ぶと「はーい
」と返事をする。
• 指示が通りにくく、とにかく多動。弟が生まれ、他害も見られるように。
• 1歳後半、「〇〇どれ?」に指差しで応答できるように(興味のあるもの限定)
2歳 悩み期へようこそ
• 奇声が増え、気に入らないと「キャーーーーーー!」と高周波。ガラス割れるんじゃないかという全身全霊の奇声が15分に1回はあった。気が狂いそうでした。いや狂っていたと思います。
• 「〇〇持ってきて」など簡単な指示は通る。
• 2歳半でやっと単語が出始める。初めての言葉は「石」、次に「青」。
• 弟の上に乗っかったり、突き飛ばしたり、つねったり(ラジバンダリ期待した人挙手)
• 自分と物と他人の物の区別がつかず、何でもかんでもぶん取る。
• 2歳半で発達センターに相談。親子教室に通い始める。

急にすみません。ふたばと申します。
この頃の育児が今振り返っても辛すぎて。
どこ行っても奇声発するし、お友達ともトラブルばかりだし、弟には乱暴するし暗黒期でした。
3歳 ちょっと人間らしさが出てきたか
•念願叶って”おかあさん”と呼ぶようになる。
• 月5個くらいのペースで単語が増える。
• 癇癪はまだ多いけれど、少しずつ言葉で伝えようとする姿も。
• 3歳後半、奇声が落ち着き、幼稚園入園。「ここ痛い」など2語文が出る。
•受給者証を所得し、療育に通い始める。
4歳 少しずつ伸びてきた
• 年少2学期から言葉が一気に増える。2語文中心。
•担任の先生の存在に気付く。
• 年少3学期には3語文に。
• 癇癪は減ったが、イレギュラーな出来事に弱くパニックになり、封印したと期待していた奇声を呼び覚ます(切り替えは早い)
•幼馴染の名前を理解する(しばらく会わないと忘れちゃう)
5歳(現在)
• 発音はまだ聞き取りにくいが、なんとなくの文章で会話できるように。
• カレンダーや時計を極めてざっくり至極おおまかに概念を理解し、なんとなぁぁぁく把握できる。
• 20までの数を数えられる。これ何個ある?に答えられる。
• 自分の名前をひらがなで書けるようになる。
• 自分で予定を聞き、見通しがつくようになったため、癇癪はほとんどなし
•ほとんどなしとか言っちゃったが、「まだやりたかった」には弱く、癇癪につながることも
•念願叶って「おかあさんだいすき」を伝えてくれる。
これからの目標
•言葉をもっと明瞭に、語彙を増やす。
•お友だちとのコミュニケーションを楽しめるようにする。
最後に
2歳~3歳のときは”母”として認識されている実感が全くなく、自分の子なのに何を考えているのか分からなくてつらい時期でした。
ですが今は、たくさんの愛を言葉で伝えてくれるようになったり、私が落ち込んでいると「何で元気ないの?どうしたの?なに悲しいの?」とカタコトの日本語を使いながら抱きしめてくれる優しい子に育ってくれました。2歳の頃には考えられなかったことです。
とはいえ、まだまだ悩みは尽きない日々…。色々な不安の中で育児をしている方は私だけではないと思います。悩みますよね。孤独ですよね。
これからの就学のこと、療育のこと、成功談や失敗談(おそらく失敗談が多くなる見込みです)をブログに綴っていけたらいいなと思います。ここに現在進行形で悩みまくってる人いるじゃん、ひとりじゃないじゃんと思ってもらえたら嬉しいな…。よろしくお願いします!


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